2013/11/11-11/17:週記

2013/11/11月:
Google アドセンスの「スコアカード」で読み込みの速度に懸念を示されてもサーバのスペックがとか思っていたのだけれど、別件からPageSpeed Insightsを知った(遅

やってみると、
スクロールせずに見えるコンテンツのレンダリングブロック JavaScript/CSS を排除する
圧縮を有効にする
ブラウザのキャッシュを活用する
で赤色の感嘆符(苦笑)となる。それはみんな同じなのかな。

ざっと見て(=軽く検索して、の意)、すぐいじれそうだったのが3番目のキャッシュの活用で、「.htaccess」ファイルに数行書き入れて完了。Jリーグのブログパーツなどは残るけれどこれは致し方ない。ウェブページでは試合当日は頻繁に書き換えているので、そこは不便になるかもしれないが。

11/12火:
用事で浦和駅周辺へ。用事自体は不発だったので、コムナーレ(パルコ)にある中央図書館へ。初めてだったけれど、開館から6年目だからまだ新しい部類か。

県史や市史など一通り揃っているが、なかなかピンポイントの資料が出てこないし、どこから手をつけてたらいいのかわからないが、分厚い書籍があったのでまずここからだ。

地方競馬の戦後史―始まりは闇・富山を中心に (競馬の社会史)

2週間で読めるかな。はじめに、からして面白い。進駐軍が競馬を開催していたなんて。まず印象的だったのは、「適当な広さがある土地で間に合わせの馬場を作ればよかった」という点。それからまず闇競馬ありきという史実。

典拠資料は、主として各県地元紙、それに加えて県史、市町村史の類も閲覧したが、これらは闇競馬に関して言及されていない場合が多く、また言及されている場合でも地元紙以上に参考になったものはほとんどなかった。

「埼玉県競馬史」田辺一夫編 埼玉県競馬主催者協議会 1965年 埼玉県馬匹組合連合会

浦和市総合グランド(現・浦和競馬場所在地) 海軍の資材置き場
S21.9.28、29、30→10.2、3、4

「公営競技の文化経済学」(佐々木晃彦著)という本もあるはずだったが見つからず。

やはり新橋のGate J.(旧:JRA関東広報コーナー)か。「地方競馬史」(全三巻)という書籍があるらしい。

11/13水:
昨日浦和で果たせなかった用事で大宮へ。自転車で行くが、線路の西側に用事があるのでどこで渡ろうか迷ったが、与野の先で上って郵便局の脇を降りてくる。さいたま新都心の整った区画と昔からの道路付きのコントラストが面白い。しかし、もう一つ大宮に用事があり、それは東口だったので結局吉敷町まで戻って線路をくぐった。

数日前から寒くなって体調も崩していたのだが、寒いと鍋物になるなあ。
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白菜と豚小間(実は数日前の)

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常夜鍋

豚肉ばっかり、ブヒブヒ。

髪の毛切ってすっきり。

昨夜あたりから来季2014年のなでしこリーグのフォーマットが報道されたが、まだ公式発表はない。
10チームによる2回戦総当たりの(仮称)「レギュラーシリーズ」後に、1-6位による上位リーグと7-10位の下位リーグを行い、年間順位を決める。
リーグカップは廃止する。
上位リーグの優勝チームが年間王者として最高賞金を獲得する。
レギュラーシリーズ1位も賞金と国際女子クラブ選手権の出場権を手にする。
レギュラーシリーズの勝ち点を上位、下位各リーグに反映させるかは検討中で、来年1月の理事会で最終決定する。

というのが報道された骨子だが、Jリーグの改悪案とは異なる点はリーグカップを廃止したこと。ナビスコ杯も若手主体なのかどうかよく分からないが、なでしこリーグカップの方が位置づけが不明瞭だったので(その割りに交代5人OKだったり、決勝とオールスターを合わせたり、国際女子クラブ選手権への出場権がついたり)、これを6チーム/4チームにして後ろに回したと思えばそこは分かりやすくなったのかな、と思う。

懸念はいろいろあろうが、若手(高卒1年目・2年目)の出場機会が一層厳しくなるのをまず挙げたい。それはフォーマットの変更によってここで発生する課題ではないのだが。一年間通してどこが一番強かったのか、というのは分かりにくくなる。W杯予選もあるのであとは細部や日程(と場所)を見てからにしたい。

通称「こずラジ」読まれた。

11/14木:
今日は「埼玉県民の日」、あんまり関係ない。

一昨日借りた「地方競馬の戦後史」(1965)内の参考文献にあった「埼玉県競馬史」という書籍が県立浦和図書館所蔵ということがネット検索で分かったものの、禁帯出扱いなので行って読むしかない。

借り出すと思ったより小さな本で、前半は日本における競馬の歴史という内容なので失礼ながら割愛し、明治・大正あたりから読み始める。秩父競馬から始まる流れはだいたいつかめたのだが、春日部がダメで浦和に落ち着いた経緯があっさりしていてわからん。現大谷場は「青年学校用地の一部と民有地」という表現になっている。当時の浦和市長松井計郎の尽力ともあった。公選制最初の市長で任期1期(1947年4月5日-1951年4月4日)のようだ。浦和市が開催権を得たのは昭和26(1951)と先なので主体は県なのだろうが。ただ、昭和23年の県庁舎火災で資料を焼失という記述あり。昭和23(1948)年の「競馬法」、同37(1962)年の同改正が節目か。

最近は死語だがちょっと聞いたことがある、ギャンブルホリデー、ギャンホリという言葉が昭和30年の河野一郎農林大臣の談話にあった平日開催禁止案あたりに端を発しているのかな、という推測と昭和30年には南関4場体制が確立していたと思わせる記述もあった。ナイター導入あたりから大井が徐々に独立路線を取り出したと思っているのだけれど、そこは浦和だけではなく並行して他3場の動きも見る必要がありそうだ。

昭和40(1965)年刊で競輪や中央競馬に対する敵愾心のようなものが端々に感じられて面白い。

開催日、入場人員、売得金のデータはコピーしてきたので後日。

出てきて「力本店」に行ってみたがまだテイクアウトを売っているふうではなかったので、ロジャース経由で帰宅。

昨日買ったトロカツオの刺身用、昨日の内に2切れ刺身で食べたけれど、醤油とみりんで煮ておいた。

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11/15金:
出かける段になって雨。といっても予報どおり。

昨日と同じような浦和の町への用事。時間調整で入った喫茶店が分煙されておらず、出てきてからタバコの臭いがしていて嫌になる。

用事を済ませたらすぐ帰宅。あまり調子が良くないが用事の方はうまくいったと思う。

炊飯器があいているので、数日前に見かけた鶏の胸肉を投げ込んでお湯を入れて保温ボタンを押して1時間待つというお手軽調理にチャレンジ。生姜があったので一緒に入れたがうまくいった。事前に酒に漬けておけばもっと臭味がとれたかもしれないが気になるほどでもなく。半分食べて、残りはしょうゆ漬にする。スープもとってあるのでこれでご飯を炊けば、家でカオマンガイが作れるというわけ。

地方競馬の本はひととおり読み終えたが、低コストで高収益の競輪にとって代わられつつあるという表現に目まいが。昨日読んだ「埼玉県競馬史」の競輪への敵愾心を改めて確認したような次第。ただ、そうした急速に陳腐化=赤字化した地方競馬なのに、南関4場はトーンが異なるのがどこで分かれ道があったのか、と思う

全体のゆるやかな流れというかアウトラインに関する書籍や文献はもう少しあるので読み進めていこうと思う。あとは浦和競馬自体の直線的な資料があるといいのだが。

11/16土:
まず朝霞へ行き、関東実業団バスケのメディセオ戦を観戦。それから移動して田端へ。よみせ通りの方まで歩いたけれど結局「新三陽」で中華丼。PTAバスケとクラブチームの練習試合大会。最初は良かったのだけれど、あとは膝が痛くてどうにもならず。17時過ぎに終わってまっすぐ帰る。夜、日本代表のオランダ戦の中継があったけれど、前半は寝落ちしていた。

11/17日
なでしこリーグ&チャレンジリーグ入替戦で西が丘へ。折り悪く不発弾処理に対する京浜東北線運転取りやめが予定されていて、早めに赤羽へ着いておく。11時では食欲もなくスーパーでお弁当見ても食指が動かず、サンメリーでコロッケバーガーとか買うのが精一杯。

西が丘のメインスタンドはほぼ満席で、見知った他チームのサポの人たちなど女子サッカー関係の人も多かったけれど、試合自体は緊迫した試合だった。すぐバスが来たのでどんどん乗って帰ると15:40には家にいた。みそラーメン作って食べた。


新時々日記
http://www.tokidokinikki.net
旅行記一覧

投稿者: にっき

全部浦和が悪い。よっぱ雷蔵。馬券は下手。好きな言葉=「僕の覚醒している時って、絶対に誰にも負けない」頻発フレーズ=「そーだそーだ!」「バカじゃないの」「ちゃんとして」「今日はこのくらいで勘弁してやる」「今度泣かす」「○○何してる(-д-)」